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4月の読書、「ワイルド・ソウル」など [本]

被災者のことを想い、原発の展開に心を痛めても、何事もなかったように、季節は巡る。桜は咲き、そして散っていく。自然とはかくもありがたく、そして残酷なものか。心静かとはいかないが、4月の陽を受けながら本のペ-ジをめくる。


「ワイルド・ソウル 上・下」、垣根諒一
「こちらの事情」、森浩美
「世界をつくった八大聖人」、一条 真也
「雨にぬれても」、上原 隆


「ワイルド・ソウル 上・下」、垣根諒一
本の帯に「棄民政策」という単語を見て、どこか外国の話だと思ったが、驚いたことに日本の政策だった。もちろん、この本はフィクションなので、どこまで事実を基にしているかは不明である。戦後、高度成長が始まる前、まだ食料が十分になかった時代。外務省が音頭をとって、南米への移民を促進した。整備された農地、灌漑、住宅...など、約束されていたものは何もない、アマゾンの奥深くに連れて行かれ、「棄てられた」移民たち、過酷過ぎる生活...時を経て、ブラジル、コロンビアから、ある使命を帯びた移民2世が日本に舞い戻る。ハード・ボイルド・タッチの息もつかせぬサスペンス。設定はユニ-クだが、基本的に勧善懲悪の話なので、安心してドンドン読める。主人公たちがス-パ-マン的行動をするのも、フィクションだから許せる。上下2巻ものだったが、ページをめくる手が止まらず、あっという間に読んでしまった。エピロ-グも、予想のつく終わり方で、驚きはないが読後感はとてもよい。、

この本のテ-マ、「棄民政策」。政府や役人(特にエリ-ト官僚たち)が国民のことを考えず、自己の保身と栄達のためにその権限を振るうのは、今も昔も同じなのだろうか。今回の震災でも、中央政府が何をしているかまったく見えてこない。非常に重大な決定(放射線汚染水の放出など)をしながら、それを民間企業(東京電力)に発表させ、責めを負わせる。東京電力の役員や社員のサラリ-カットを迫っても、自らのサラリ-はノ-タッチだ。
「棄民の数」が役人の成績となり、その非人道的な政策を推進する。「口減らし」、表面の数字上豊かになりすぎた今の日本では考えにくいことだが、50~60年前に国策として実際行われた(らしい)。


「こちらの事情」、森浩美
この本は「家族の言い訳」の続編的な本だということを理解して、2冊いっしょに買った。でも、読む段になって、何を勘違いしたのか、続編的存在である当書を先に読んでしまった。どちらも短編集なので、スト-リ-的には何の問題が、やはり、気になる(読んでしまった後だが)。「家族の言い訳」はちょっと時間を置いて読むことにしよう。

ほとんどの家族が、劇的ではないにしろ何らかの問題を抱えている。それは何かに熱中している間は頭から離れるけど、何かの拍子に、チクチク胸に刺さる傷みのようなもの...この本は、そんな話を集めた短編集だ。決定的な解決策のない、心のすれ違い、お互いの気遣いの重さ、タイミングがはずれて話すことができなくなってしまったことなど、人はそれらをどうにかしたいと思いつつ、一歩が踏み出せないでいる。


「世界をつくった八大聖人」、一条 真也
よく、「何でこんな本を買ったんだろう?」と思うことがある。この作者の言う八大聖人とは、ブッダ、孔子、老子、ソクラテス、モーセ、イエス、ムハンマド、聖徳太子だ。このラインアップを見たときに、買うべきではないという判断をすべきだったのに、「まあ一人くらい変なのが交じっていてもいいか」と甘い判断をしてしまった。別にその人自身が変な人というわけではなく、「世界をつくった聖人」というグル-プに合わないような人という意味である。本の内容は、残念ながら浅く広くで、取り立てて新鮮味もなかったが、「ソクラテス」の章を読んで、高校時代のなつかしい倫理社会のN先生を思い出した。ソクラテスは、会話(問答)を通じて、その哲学的思考を深めた人である(と聞いている)。N先生は、ソクラテスの物まね(?)をして、ソクラテスがしたという問答を一人でやってみせる。そしてその問答の最後は必ず、「私にはもうわかりません」、「よろしい」で終わった。高校生の当時、この問答がよくわからなかった。なぜ「わからない」のが「よろしい」のか。この本では若干それに触れ、「わからない」ということが、究極的に行き着くところなのだということらしい。N先生の薫陶以来、35年目にしてようやく、ソクラテスの顔が少し見えた気がした。
最後に八大聖人の教えの総括として、著者の意見があった。「人生、こうすべきた」ということが述べられている。その中に、「冠婚葬祭には、積極的に参加する」という1条があった。「人の道として、そういうものなのかな」と半分納得しかけたが、最後に著者の紹介を見て、思わず噴出してしまった。「冠婚葬祭会社の代表取締役社長」。人は厚かましいほど押しが強くなければ、仕事で成功しないとい言う教えなのだろうか? 勘弁して欲しい。


「雨にぬれても」、上原 隆
インタビュ-を基に書かれた、いろんな人の生き様の短編ノンフィクション集。シリ-ズ3冊目だ。とても読みやすく、人の人生、しかもあまり幸福そうではない人たちのそれを読むのは、こう言っては叱られるが、興味深い。幸福そうでないというのは、あくまでも世間一般の「暖かく満ち足りた家庭」という目線からであり、実際この短編に登場している人たちが自分で不幸だと思っているわけではない。3冊目になって気になったのが、職業ライタ-としての著者が、いわゆる「ネタ集め」的行動をしていることである。そこには、「ふと街角でであった...」というものではなく、「書くために探してきた」という雰囲気がどうしても臭ってしまう。読んでいておもしろいのだから、それでもいいのだろうけど、できれば「探してきた」においを消して欲しい。読者と言うのは、なんと勝手なものかと思う。

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collet

「世界をつくった八大聖人」とのタイトルからして、
何れかの新興宗教の教祖様著作かと思いましたが、
そちらでしたか~(~o~)

ところで、雀翁さんは本を選ぶときに作者の紹介欄は見ないのですか?
わたしは、全く知らない名前に限り、見るのですが・・・

先日、瓦礫の隙間に綺麗に咲いた水仙の花の写真を見ました。
美智子皇后に、庭に咲いた水仙の小さな花束を差し上げた
避難中の方もいらっしゃいましたが、
元々、塩水にも強い花なので生き残ったのでしょうね・・・
by collet (2011-05-05 11:55) 

葵ママ

かつては「自国民」として扱っていた半島の人々を、半ばだまくらかして北朝鮮という収容所国家へ“帰国”させてるくらいですもんね。どっちも要は“口減らし”

国家も人も、食い詰めればなりふり構っていられない。そんな時代だったのですね。
by 葵ママ (2011-05-05 21:13) 

雀翁

colletさん、

本屋さんで買うときは、直感勝負(?)なので、作者の紹介を見たことがありませんでした。今度からちょっと気をつけたいと思います。

その水仙を美智子皇后が、羽田で飛行機を降りる時も、手にされていたのを拝見して、心を打たれました。私は個人的に、皇室と言うシステムを維持する正当性には疑問を持っていますが、今の天皇・皇后の言動、行動、メッセ-ジ、垣間見える価値観、立ち居振る舞いには、いつも感動をいただいています。

by 雀翁 (2011-05-06 08:31) 

雀翁

葵ママさん、

そうですね、この国は良いこともしていますが、恥ずかしいこともたくさんしてきていますね。最近では、何の目算もなく、二酸化炭素排出量を25%減らすなんて、世界に発表してしまった考えの浅い(ない?)首相もいますし...

食料自給率の低さが問題になっている昨今、高税金・高物価政策を使ってとても現実的とは思えない自給率アップの政策に出るのか(しかも単なる選挙対策として)、それとも関税障壁を低くして世界の一員として生きていく政策を取るのか、将来の「口減らし」政策を避けるためにきちんとしたVisionを議論し示してほしいものです。

by 雀翁 (2011-05-06 08:42) 

krause

「ワイルド・ソウル」の書評をどこかで読んだ記憶があります。ちょっと興味ある内容です。
by krause (2011-05-06 15:17) 

雀翁

krauseさん、

聞きなれない「棄民政策」をテ-マとした読み応えのある本です。ただ、後半は、主人公たちの「ス-パ-マン」的活躍で、だいぶ現実から離れてしまいますが...

by 雀翁 (2011-05-06 17:36) 

Bonheur

韓国では今、どんな本が流行っているのでしょうか。
もしお分かりになれば教えてください、
(全く関係ありませんが、今日一週間ぶりに自宅に帰ってきて、近所にて、自分の好きな某インスタントコーヒーの価格が1.4倍になっているのを見て驚きました。自分の飲むペースと消費期限を計算し、1.5年分買い置きしておいて良かったです)
by Bonheur (2011-05-07 18:05) 

雀翁

Bonheurさん、

少し前「1Q84」がベストセラ-になっていました。今この国で、どんな本が読まれているのか、全く見当もつきません。地下鉄に乗っても、本を広げているのは受験生らしき学生くらいです。

40%アップですか?コ-ヒ-豆の出来高は天候に大きく左右されるだけでなく、行き場を失ったマネ-が穀物・農産物市場になだれ込み、コ-ヒ-豆の国際価格は大変な高騰を見せています。また、リ-マンショックからの立ち直りを見せつつある世界経済に後押しされ、実需要も増えているのでしょう。1.4倍と言うのは、以前の特売価格と、新しい定番価格との差だと思いますが...1.5年のストックが切れる前に、農産物への投機が世界的に禁止されるか、次のバブルが弾けるか、どうなるんでしょう。

by 雀翁 (2011-05-09 12:30) 

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