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7月と8月の読書、「しずかな日々」、「41番の少年」、「さがしもの」など [本]

予定では、カナダにいる間にたくさん本を読み(ロッジのデッキで熱いコ-ヒ-を片手に読みふけるという渋いイメ-ジ)、7月の読書量は膨大になるはずだった。でも、実際は、高山植物の写真集とカナディアン・ロッキ-のハイキング・ガイド以外の本は一切読めず、辛うじてバンク-バ-からインチョンへ戻る飛行機の中で1冊読んだだけだった。帰国後も、何故か本を読む気になれず、8月の最終週、辛うじて2冊読んだ(薄い本だった)。結果として、2ヶ月で5冊という、これまでの平均値を大きく下回る読書量となり、自分でも少なからず狼狽する。ただ、最後に読んだ「さがしもの」がとてもいい本だったので、この本をはずみに「読書の秋」に入っていければと思う。


「しずかな日々」、椰月美智子
「ルポ 貧困大国アメリカ」、堤未果
「41番の少年」、井上ひさし
「妻と罰」、土屋賢二
「さがしもの」、角田光代


「しずかな日々」、椰月美智子
少年を主人公にした小説はたくさんある。それらの少年が、元気いっぱいの男の子ではなく、ナイ-ブで何か心に問題を抱えたた男の子の場合、それらの多くが女性の作家によって書かれているような気がする。女性には少年の気持ちがわかるのか、それとも、少年の立場を想うのが好きなのか...私は、後者が強いような気がする。小学5年生の少年、「えだいち」を主人公にしたこのお話。読んでいてほんとうに楽しかった。「えだいち」というニックネ-ムのエピソ-ドも、切なく、懐かしく、そして暖かい。少年の楽しい日々が短かかったように、この本もあっと言う間に読んでしまった。母に対する違和感、祖父への信頼、そして友達を得た喜び、その友人たちを全人格的に受け入れて行く過程...最終ページに至り、私は自分がひどく感傷的になっているのに驚いた。本を読んで涙を流すということはほとんどないが、どういうわけか、この本の最後の1ページに、涙がにじんだ。けっして悲しいからではない。それは、自分の遠い少年時代に対する郷愁が、じわっと感傷の小さな塊を持ち上げたような感じだった。少年時代の友達とは、中学・高校・大学・就職と段階を経るに従って、その付き合いが希薄なものになっていく。しかし、彼らは、心の一番奥のところに、何を語るでもなく、いつも居てくれる。私は、巻末の「解説」をほとんど読まないが、この北上次郎の「解説」もよかった。そしてなぜ自分が感傷的になったのかも少しわかった。このお話は、一貫してとても「しずかなトーン」で書かれているのだ。漬物をうまく漬けられる大人、自分の人生にきちんとけりをつけることのできる大人になりたいと思った。


「ルポ 貧困大国アメリカ」、堤未果
現在のアメリカの貧困問題を、主にイラク戦争への米軍のリクルート活動に焦点を当てて書かれたルポルタージュ(岩波新書)。読んでいて救いがないと感じる。もちろん、救いがあろうとなかろうとそれらは現実であるが、解決策、またはそのヒントが提示されていないルポにはいらだちしか残らない。
アメリカ貧困層の肥満の問題は、彼らが怠慢なのではなく、貧困ゆえ政府支給のわずかな食料クーポンでカロリー重視の食生活をしなければならないからだいうことはわかった。貧困層が生活苦から、まるで騙されるようにイラク戦争にリクルートされていくのも悲しい現実だろう。違法移住者がアメリカ国民としての権利を獲得できず、貧困にあえいでいるのも悲惨である...しかし、だからどうだと言うのだ。どうしたいと言うのだ。アメリカの付加価値税を30%にして、貧困層を救えと言うのか。中国からの輸入を禁止して、国内産業を保護しろというのか。アメリカに共産主義を導入しろと言うのか。貧困層がイラク戦争に駆り出されるのが問題で、富裕層なら戦争に行ってもいいのか。そもそも、戦争そのものを支持するのか。法を破ってアメリカに移住することは良いのか?彼らの出身国には責任がなく、それは勝手に移住されてしまうアメリカ政府の問題なのか。この本、いやこの手の問題を投げかけるジャーナリズム、または、それらを訳知り顔で指摘し誰かの顔を指さすだけの偽善者たち(あえてそう呼ばせてもらう)は、物事の本質、根源的理由を、無知からか意図的かは知らないが語らることをせず、結果としての部分的問題だけを取り上げ、「さあ、問題だ」と言う。
税金を上げることには反対だが、福祉にもっと金を使えという人。失業問題が深刻なのに不況で存在すらしなくなった職種の職業訓練をしようという人。化石燃料からのCO2を減らし、原発もなくし、でも電気は今まで通り使いたい、そして再生可能自然エネルギーの開発はすべきだが、そのための金は払いたくないという人。復興は大事というのは建前で、それより自分の選挙が(選挙だけが)大事だと考える政治家... 

「一生、好きを言ってろ」と思ってしまう。確かに、ジャ-ナリズムの責任は、「問題提議」であって「問題解決」ではないのかも知れない。でも、そこに線を引いてしまうと、人間として何か間違っているように思えてしまう。批判だけをする人の何と多いことか。もちろん、私も人のことは言えない。


「41番の少年」、井上ひさし
カナダからの帰りの飛行機の中で読んだ。カナダの(カナダだけでなく欧米一般的に)ホテルの部屋の照明は暗く、読書には適さないのもあるが、ロッキ-にいるという高揚が本を必要としなかったのだ。
さて、この本、井上ひさしの「少年時代の自伝的小説」と銘うってある。少年が孤児院で過ごすスト-リ-である。孤児院という、家族から離れ、一種閉鎖的な環境で生きる少年たちの姿がとても切ない。「41番」は彼が与えられた洗濯番号(洗濯物に書く番号)で、彼がその孤児院に入った41番目の子供であることを意味する。ずいぶん昔、「拓郎」がとある容疑で金沢の警察に留置されたことがあった。コンサ-トで「拓郎」は、「そこでは、名前ではなく2房って呼ばれるんです」と序*区を交えて話していた(彼が入れられた留置場が2番目の房(部屋)だった)。人が名前でななく、番号で識別されるのは辛いことだろう。何回か、少年や、その弟、母親が葉書で連絡をとる場面があり、そのそれぞれがその生活の辛さを表している。「孤児院は、他に行く所がなければとてもいい所だけれど、もし他に行く所があるなら、一瞬でも居たくない場所です」と少年は話す。何と悲痛な言葉だろう。「夏休みはとても'忙しい。日替わりでボランティアが慰問に来たり、キャンプ、花火大会、一日親の会などに招待されくたくただ...」、孤児院への善意の行動(?)が、子供たちを疲れさせそしてますます孤独にしていく。「社会が子供を育てる」とある政党は言う(言った?)。理念には賛成だが、その方法が均一にお金を配るということには賛成できない。もっと根源的な何かを、日本と言う国は見失っているような気がしてならない。


「妻と罰」、土屋賢二
相変わらず、たいへんばかばかしい土屋教授の本。読むことが恥ずかしくなるくらいばかばかしいが、ついつい買ってしまう恐ろしい土屋マジック。その根本は、哲学的論理構成とその破綻である。かつて桂枝雀が言っていた、笑いを構成する「緊張と緩和」がそこにある。しかし、あまりにばかばかしいので、他の人に読むことを勧められないし、私が読んでいることもを知られたくない(なら、ここに書くな)。


「さがしもの」、角田光代
本にまつわる短編集。とても、読み心地のいい本だった。そのせいか、知らぬ間に2冊買ってしまっていた(今、うちの本棚には2冊同じ本が並んでいる...)。
クリスマスの朝、「アンデルセン」や「アラビアンナイト」が枕元にサンタの長靴といっしょに置いてあった小学校低学年の頃。図書館の本を片っ端から借りまくった小学校高学年の頃。なけなしの小遣いで、星新一、松本清張、高木彬光を買っていた高校生のころ。「司馬遼太郎」を読まざれば歴史を語るべからずと思っていた20代前半。藤沢周平が亡くなったことを嘆いていたころ...私の生きてきた多くの時間が本と関わっている。それらから学んだり、感じ取ったものは計り知れない。本屋さんはワンダー・ランド、アマゾンはス-パ-・エンタ-テインメント・サイトである。
「さがしもの」に出てくるエピソ-ドは決して波乱万丈のスト-リ-ではなく、静かなお話したちだ。いわいる古本屋に関する話もある。自分の売った本に異国で出会ったり、メッセ-ジが書かれた本を探したり、死期を迎えたおばあさんのために絶版になった本を探したり...私は、古本屋とはほとんどかかわりを持ったことがない。バンコクに住んでいた当時、新しい本が紀伊国屋で日本の6割り増しくらいで売られていた。一方、約3万人の日本人が住むというバンコクならではの古本屋があった。転勤族が置いていった本がほとんどだろう。たいした本はないが、市価の半値ほどで買えた。しかも、場所は地下鉄駅のすぐ横だ。どうでもいい本を何冊も買った。ただ、それらには、小説になるような感動的なエピソ-ドはない。最近は、すっかりアマゾンで本を買うことが多くなった。老後の楽しみは、近くの本屋に入り浸ること、そして街の図書館でくだを巻くことである。

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コメント 8

krause

土屋賢二の本は、その後私も読みました。面白い!しかし、役に立たないのが良い!と思っています。

井上ひさしは、学生時代によく読みましたが、「41番の少年」は知りませんでした。
by krause (2011-09-02 12:40) 

雀翁

krauseさん、

確かに土屋教授の論理の展開は何の役にも立たず、でもばがばがしくておかしいですね。大好きです。井上ひさしはあまり読んでいないのですが、この「41番の少年」は、思ってたイメージとかなり開きがありました。でもそれだけに、彼の深さが少しわかるような気がしました。


by 雀翁 (2011-09-02 22:01) 

mint_tea

「ルポ 貧困大陸のアメリカ」を、勝手にアフリカに変換してしまっていました。
貧困≒アフリカという偏見でしょうか。
生活のため、市民権のために戦争へ行く人たちのことは何度かニュースで読んできました。
批判するのは簡単ですよね……そういう苛立ちは最近本当に多くなってきました。
でももっと怖いのは無知なのかもしれません。
夏休みが忙しくて疲弊する少年の話、なんとなく大震災の避難所を思い浮かべてしまいました。
「さがしもの」、雀翁さんの解説を読んだだけで、私もきっと共感できる本であるような気がしました。
そして、大変ばかばかしい土屋さんの本、ぜひ読んでみたいです!!
by mint_tea (2011-09-03 15:30) 

雀翁

mint_teaさん、

最近はアメリカや日本のように、貧困とあまり関係のないと思われていた国々の貧困が大きな問題になっているんですね。私はせっかちなんだと思います。問題定義を聞くと、すぐに解決策を探そうとします。「聞いてくれるだけでいい」と言われても、すぐに「こうしたら?」などと言ってしまい妻からもひんしゅくをかいます。

「さがしもの」はいい本だと思いますが、土屋教授の本は、好きな人と嫌いな人に別れると思います。もし、お金を捨てるつもりで読まれるなら、この本ではなく、「棚から哲学」などがいいと思います。

by 雀翁 (2011-09-03 18:06) 

collet

元々、雀翁さんのような読書家ではありませんが、
わたしも旅に出る前には、つい関空の本屋さんで本を買ってしまいます。
特に、リゾートアイランドなどへ行く時には・・・
でも、それらをプールサイドで読んだためしもなく、
せいぜいがスポーツ雑誌くらいのもので~(^^ゞ

ところで、そのバカバカしいという「妻と罰」
どうにもタイトルからして引っ掛かりますね・・・(;一_一)
by collet (2011-09-05 10:52) 

雀翁

colletさん、

旅行先で本が読めるというのは、よく考えれば、あまりないことでした。ビ-チのリゾ-トに持っていっても、結局、ビ-ルを飲んで昼寝をしてしまい本は読めません。読めるのは、時差の大きな国へ出張で行くときくらいです。翌日の仕事を前に、眠らなければいけないのに眠れない。そして本を読んでしまう。そういうときに限って読む本は面白く、気がちけば朝5時...というようなことがよくありました。

土屋教授の言うことは基本的に「めちゃくちゃ」なので、書いておいてなんですが、あまり気にされない方がいいと思います。ただ、毎回ネタにされている、土屋教授の奥様が、どのような見解を持っておられるのか興味はありますが。本から何かを学ぼうとか考えず、100%時間つぶしのために読むにはよい本かも知れません。

by 雀翁 (2011-09-05 12:14) 

drumusuko

もうそろそろ秋、読書の季節ですね~。じっくり本など読んでみたいと思いますし、また紅葉の季節にもなり、さらに山に登りたいしで、いつも忙しくしております。
by drumusuko (2011-09-06 14:38) 

雀翁

drumusukoさん、

これから山はいい季節になりますね(四季を通していろんな良さがありますが)。少なくとも雪が降るまでは、山へ行きたいと思っています。本は、帰ってきてから...

by 雀翁 (2011-09-06 17:55) 

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