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カナディアン・ロッキ-を歩く (その5) レイク・ルイ-ズの蜂の巣山 [旅行]

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Lake Louise(ルイ-ズ湖)は、ロッキ-観光の大きな拠点である。湖岸まで車で行けるので、ロッキ-を訪れる観光客のほとんどが立ち寄る。Lake Louiseの魅力は、氷河湖独特の、その中でもずば抜けたコバルト・ブル-の湖水と湖に迫る氷河である。Lake Emeraldから出てくると、田舎からいきなり銀座に出たような人の数の多さに驚く。この日は、ガイドなしで、Lake LouiseからLake Agnesまで登り、さらにBig Beehive (大きな蜂の巣)の上に立つ予定である。標高差約500m、大丈夫なはずだ。

トレイルはわかりやすく迷う心配はないが、乗馬のツア-があるらしく、ぬかるんだ道がさらに馬に荒らされ、そしてたっぷりの馬糞で味付けされていたので少し歩き辛い。途中かなり雨にも降られたが、Lake Mirror(鏡の湖)というしっとりした湖を経て、Lake Agnesに到着。ちょうど雨も上がったので、湖岸でランチ。サンドイッチを食べ、今回一度も欠かさなかったランチ・コ-ヒ-を楽しむ。晴れ間も出て、Lake Agnesの湖面が光り出す。湖の左手に目指す「大きな蜂の巣」がある。もちろんそれは、蜂の巣でではなく、それらしく見える岩山だ。Lake Agnesの周りを約半分回って、スイッチ・バックの上りが始まる。ガイドブックに書いてあるように、見た目ほどきつくない。途中、ガイドの歩き方を思い出し、ゆっくりとしたペースで小憩を取りながら、ゆっくり登る。高度を上げるにつれLake Agnesの見え方が変わり、それも楽しい。蜂の巣の上は平らになっていて、そこを300mほど行くと、展望台があり終点。展望台からは、真下にLake Mirrorが見えるが、見るのは体勢的にちょっと怖い。少し目を上げると、どう考えても自然の色には思えないLake Louiseが一望できる。氷河湖は基本的に明るい青色をしている。氷河が削った岩が石になり、最後にはそれが石粉となって水に溶け込む。石粉は一定の光を反射させ、その光が氷河湖の明るい青色を形成している。その後、いくつかの氷河湖を見たが、色の濃淡はあれ、基本的に同じ色調だ。Lake Louise(ルイ-ズ湖), Lake Morain(モレ-ン湖), Lake O’Hara(オハラ湖), Lake Emerald(エメラルド湖), Lake Bow(ボウ湖), Lake Kinney(キニ-湖)...「好きなところには好きなだけいてもいい」、今回学んだハイキングを楽しむ方法。Leke Louiseを眼下に見ながら、時間を忘れて座っていた。

「山に登るとリラックスできる」、あとでお世話になったガイドの小泉さんが言った。急斜面を登るときは、登ることに集中して心が空っぽになる。きれいな景色を見て放心状態になる...心を空にすることがリラックスに繋がると。それまで、リラックスというと、南国のビ-チで寝そべることをイメ-ジしていた私だが、小泉さんの言葉は心に響いた。そして多分それが、私が「山に行きたい」と渇望した理由なんだと思う。

蜂の巣からLake Louiseまで降りていく途中、朝立ち寄ったLake Mirrorで休憩。朝は雨だったが、帰りには木漏れ日が差していた。ここは、氷河湖の色ではなく、正しい森の湖、澄んだ緑色をしていた。湖畔に座って深呼吸をすると心が洗われるようだ。これが、Lake Louiseに出ると、人がやけに多く、またしても田舎者の銀座状態になってしまった。景色を楽しむより、できれば早くその場から立ち去りたいとさえ思った。

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カナディアン・ロッキ-を歩く (その4) エメラルド・レイク・ロッジで快適に過ごす方法 [旅行]

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>湖に君は身を投げた 花のしずくが 落ちるように
>湖は色を変えたのさ 君の瞳のエメラルド
>遠い日の君の幻を おいかけても空しい
>逢いたい 君に逢いたい 碧の瞳に 僕は魅せられた

かつてショ-ケンが歌った、「エメラルドの伝説」。子供心に、エメラルド色の湖なんてあるわけがないと思っていた(そのころエメラルド自体を見たことがなかったが)。しかし、今回の旅行でバンフのホテルに3日泊まった後、私たちはその名もずばり、「エメラルド湖」の畔にあるロッジを予約していた。エメラルド湖(Lake Emerald)はバンフ国立公園に隣接するヨーホー国立公園にある。Saddle Back Passに登った日の夕方、レンタカ-でEmerald Lake Lodgeへ向かった。カナダの1号線(Trans Canada Highway)から20kmほど入る。有料で借りたナビは、1号線を出た途端に道を表示しなくなった。つまりEmerald Lake への道はそのナビに登録されていないのだ。この後、このナビが主要道路しか把握せず、まったく役に立たないことがわかったので、ダッシュボ-ドに押し込んで使わなかった。大雑把なカナダらしいと言えばそうなんだけど...ロッジの専用駐車場に着いて、ロッジの建物を探すが見当たらない。「ん? ここで車止めてどうやってロッジに行くの? だいたい、ロッジはどこ?」、駐車場内をうろうろ探しても手掛かりがない。ふと見ると、駐車場入り口の小屋に張り紙(?)がしてあった。「シャトルバス乗り場。小屋の中の電話から連絡してください。すぐにシャトルバスを送ります」。探してもないはずだ、ロッジは別のところにある。電話をして10分...シャトルバスが来ない。さらに5分待っても来ないのでもう一度電話する。「今出ました」...蕎麦屋の出前か? このあたりでイラついてしまうのは日本人である。結局最初の電話をしてから約20分後、ようやくシャトルバス(10人乗り)が来た。「ハ-イ、元気?」、さわやかな笑顔でシャトルバスの運転手のお兄さんは言う。荷物を積んで、バスに乗る。駐車場からロッジまでは500mほどだった(もし荷物がなければ、歩いた方が圧倒的に早い)。ロッジについたとき、かなり雨が降っていた。「ほら、あそこ、レセプションの入り口はあそこだから。雨が降ってるから、走ったほうがいいかもね。荷物は後で運ぶから安心して」、50mほど離れた建物の入り口を指して明るく言う。仕方がないので走った。濡れた。ふと、湯布院の旅館の各部屋に置いてあった傘を思い出し懐かしかった。きっとこれがカナダ流なのだろう。大らかな彼らは、多少待つことや、雨にぬれることを屁とも思わないのだろう。でも、私は日本人だ。20分待たされ、レセプションマまで雨の中を走らされた。この時点でけっこうイラついていた。しかし、このイラつきは長く続かなかった。チェックインをして、ロッジの部屋に入ると、部屋は暖かかった。コ-ヒ-をわかして飲んでいる頃には、約束どおり荷物も運ばれ、穏やかな気分になっていた。イライラしてもつまらない、ゆっくりいくしかない。

翌朝、早めに起きてロッジの前に広がるエメラルド湖を周ってみることにした。部屋にあった地図によると一周5kmちょっと。いわゆる、朝飯前に行けるだろう。陽の当たる西側の湖畔にはたくさんの花が咲いていた。ゴゼン・タチバナというたいそうな和名のついたBunch Berryと言う可憐な甲斐武田家の家紋のような花が咲き乱れていた。立ち止まっては写真を撮っていたのでけっこう時間がかかった。帰りの東側の湖畔は、木が多く人の往来もほとんどないようなうすぐらい道だった。「熊はよく知ってて、人が行動し出す前に人のくる所から立ち去るんです...」、難波さんの言葉がよみがえる。そのときはまだ人が行動しだす前の時間帯だった。「エヘン、エヘン」、わざとらしい咳払いをしながら、「人間が来てますよ。あっち行ってね」、熊にメッセ-ジを送りながら歩く。結局、2時間ほどかけて湖を一周した。途中、見かけない鳥を見た。後で調べるとグラウスと呼ばれる雷鳥の仲間だった。

ホテル代には食事が含まれていなかったが、周りにまったく店がなかったので、ロッジのレストランで食べた。朝はコンチネンタル・ブッフェ、Hot Dishもあってなかなか充実していた。夜はかなり高額だったが、他にチョイスがない。カリブ(トナカイ)のステ-キやパスタは、けっこうおいしかった。

結局このロッジには3泊した。始めは様子がわからずちょっとイライラしたが、時間が経つにつれ快適さが増してきたような気がした。チェックアウトの朝、部屋に荷物を取りに来てくれるよう電話をする。10分ほどたって、「ちょっと時間がかかりそうです」というの連絡があったので、先にチェックアウトを済ませ、荷物が運ばれてくるのを待った。10人ほどのグル-プがほぼ同時にチェックアウトをしたらしく、うちの荷物にはなかなか手が回らないようだった。よく見ると、部屋からの荷物の運搬、ロッジと駐車場往復のシャトルの運転を1人のお兄さんがしていた。その近くでは別のお兄さんがのんびり鉢植えに水をやっていたが、職掌が違うらしく、一人奮闘のベルボ-イのお兄さんを助ける様子もない。約20分待ってまだまだ時間がかかりそうだったので、荷物なしにシャトルバスで駐車場まで行き、自分の車をロッジの近くまで回し、部屋から自分で車まで荷物を運んだ。ここを待ちきれないところが、ちょっと悔しい気もしたが、価値観が違うこと、時間が限られた旅行者であることを考えればそれも仕方なかったように思う。時間の流れ方が根本的に違うのだ。チェックイン、チェックアウトのプロセスを除けば、とてもいいホテルだった。


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カナディアン・ロッキ-を歩く (その3) レイク・オハラに雪が降る [旅行]

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2日間、難波さんにお世話になったあと、次の2日はJamesというカナダ人のガイドに替った。Jamesは、この春まで日本の白馬で登山ガイド、スキ-ガイドをしていた変わり者(?)である。ちょっとアクセントはあるが、流暢な日本語を話す。長野オリンピックを見て日本に興味を持ち、Working Holidayを使って長野で英語の教師をしながら日本語を習得し、白馬のガイド(外国人担当)になったと言う。震災で外国人旅行者が激減したため、この夏秋だけカナダに戻り、冬にはまた白馬に戻るんだと話してくれた。カナダ人らしい、気さくでざっくばらんな青年だ。自分の顔を差しながら、日に焼けているように見えるが、そうではなく、2~3日前にバ-ベキュ-をしていて、その火で顔を焼き、軽いやけど状態なんだと言う。この上に日焼けを重ねると痛くなるからと、カナダの日焼け止めクリ-ムをべったり顔に塗った。塗りこんだのではなく、塗りつけただけだったので、彼の顔はクリ-ムの白がまんだら模様になり、そしてそれを気にしない、カナダ人の人間の大きさを示してくれた(単に雑なだけか?)。日焼け止めクリ-ムといえば、驚いたことに、日本から買ってきたものは白くならない。チュ-ブから出したときは白いのに、それを塗るとあっという間に白さが消え透明になる。タイのビ-チで顔を真っ白にしてパラソルの下で寝そべっていたのはそう遠いことではなかったと思うが、日本の会社の製品開発努力とその実力に脱帽である。さらに言えば、ロッキ-では水辺に行くとけっこう蚊が多い。携帯必要品リストにも「虫除け」と記されていた。初日、トンネル山で蚊が気になったので、早速、虫除けスプレ-を使い、難波さんにも「使いますか?」と勧めた。すると、「それは日本製ですか?」と返事があり、「そうだ」というと、安心して使いながら、「カナダ製のはきつくて肌をいためることがあるんです」。これと同じことを後にお世話になった小泉さんも言っていた。日本人とカナダ人の肌の性質が多少違うということはあるだろうが、日本製のものは細かく消費者のニ-ズをカバ-している。「これが日本の生き残る道ですね」、小泉さんと激しく同意した。

カナディアン・ロッキの旅行サイトを見て、最も頻繁に登場するのはたぶんLake Morain(モレ-ン湖)の写真だろう。氷河湖独特の青い水をたたえ10Peaksという10の山の頂に囲まれた、大変「絵になる」湖である。朝出遅れると、駐車場が満杯で長い距離を歩く破目になる。曇りがちのこの日、湖面の光沢は今いちだったが、感動的なモレ-ン湖の姿を見ることができた。予定では、このモレ-ン湖の横から出ているトレイルに沿って、ラ-チ・バレイ(カラマツ谷)に行くはずだった。しかし、トレイルのの入り口にBear Warning(熊警告)の看板が出ており、4人以上で行動することが強く勧められていた。熊警告は、国立公園のレンジャ-やハイカ-の情報をもとに、熊の動きを予測して出され、時には立ち入り禁止になることもある。「熊が使っている山に人間がお邪魔するのであるから、熊の行動を制限するようなことは人間はしてはいけない」というのが基本的スタンスである。この日ラ-チ・バレイに出された警告は推奨であったが、Jamesは「ガイドも、行かないことを勧めます」と言い、山で熊に会いたいという願望を全く持たない私は強く賛同した。

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代替案として、Lake Louiseの駐車場から出ている、Saddle Back Pass(馬の背峠)へ登ることになった。松の種類を教えてもらったり、地衣というコケの仲間の話を聞きながら、難波さんのときと同じように、ゆっくりとした、しかし確かなペ-スで峠へ登った。ガイドと歩くと、その行程が安全で楽になる(ペ-スを取ってくれ、また適切に休息や給水を入れてくれる、熊に会わないように注意を払ってくれる)だけでなく、山やそこに存在する動植物の話をたくさん聞くことができる。彼らは驚くべき大量の知識を持っており、それを少しずつ分けてもらいながら一緒に歩くのは、とても楽しい。昼食(持参のサンドイッチ)後、雨が降り出した。そのあと頻繁に使うようになった、Gore-Tex(ゴアテックス)の雨合羽を着込み、帽子もゴアテックスの雨除け帽に変える。靴もゴアテックス入りだから、文字通り頭の上から足の先まで防水のゴアテックスに包まれる。雨合羽は防寒対策にもなる。雨の中のハイキングなど、予想もしていなかったし、歓迎もしなかったが、こうやってきちんとした装備で歩いていると、不思議なことに雨がほとんど気にならなくなる。帽子をたたく雨音が楽しいくらいだ。こうして、ほとんど疲れをかんじないまま、トレイル口から標高差で約500m登った峠に着いた。残念ながら眺望はきかなかったが、ある種の達成感があった。雨の中を歩いたこともそうだし、自分で設定した500mをいともたやすくクリア-してしまったことも大きい。もしガイドのJamesがいなければ、この峠は登らなかっただろうし、もし登ったとしても雨が降った時点で引き返したか、引き返さなくても峠に着いたときは青息吐息で、標高500mの限界設定を400mに変更していただるう。改めて、ガイドの力を認識した。

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翌日は、カナデキアン・ロッキ-の聖地とも言われるLake O’Hara(オハラ湖であって小原湖ではない)だ。聖地と言われる由縁は、もちろんその美しさにもあるが、規制によって、日に2本のバスしか入らないという物理的な行く事の難しさにある。事前のヤムナスカとのメ-ルの交換で、Lake O’Haraに行きたいという希望を伝えておいたが、「バスの予約が取れる保証はない」と言われていた。前日にしかオ-プンにならない商業用(ツア-など)の座席の予約に、ヤムナスカの職員10人ほどが朝一斉に予約の電話をするのだそうだ。そして、私たちは運良くその予約ができた。約束の10時にバスが出る駐車場でJamesと合流する、彼はこの日も半パンだった。小雨模様だったので、私たちはすでに雨合羽を着用し、寒さ対策としてその下にはフリ-スまで着込んでいた。バスで約30分、Lake O’haraの畔近くに乗りつける。バスには、元気そうな日本人のおば様方6人ほども乗っていた。「友達のお母さんのグル-プなんです(大変なんです)」、そのグル-プをガイドしているお姉さんが困ったような顔で言った。近寄りがたいLake O’Haraだが、キャンプ場とロッジもある。そのロッジの前からトレイルが始まる。Lake O’Haraを左手にそしてLake Marieを右手にトレイルを進む。スイッチ・バック(山面をぎざぎざに登ること)を繰り返し、高度を上げていく。相変わらず、Jamesはとてもゆっくりしたペースで歩いてくれるので、無理なくついていける。一段落して、上の方からLake O’Haraの美しさにため息をついていると、妻が「あの白いのは何かな?」とJamesに聞いた。「ああ、あれは...あれは、Mountain Goat山ヤギだよ。うわぁ、あんなにたくさん、初めて見た、すごい!」。Jamesが興奮している。1匹2匹の山ヤギなら見たことはあるが、10匹ほどの集団は初めてだと言う。山がすとんと落ちて棚のようになった小さな草地で、10匹ほどの真っ白な毛に包まれたMountain Goatたちが草を食べていた。よく見ると、その近くで2匹のMarmot(マ-モット、ちょっと狸に似た大型のねずみのような動物)がもつれ合って遊んでいた。スイスのツェルマットからゴルナグラッドへの登山鉄道のチケット売り場で売り付けられた望遠鏡を持参していたので、じっくり観察する。どうやらヤギは親族グル-プのようで小さな子供が2匹いた。その後、Lake O’haraを一望できる岩の上に出て昼食。「その岩から先の岩はダメです」、Jamesが言う。崩れ落ちる危険があるそうだ。「そんなものか」と思ったが、後で、下の方からその高台を見上げると、岩に亀裂があり、今にも落ちそうな姿が見えた。昼食時は上がっていた雨が、歩き出した途端に降ってきた。雨の中を歩くのにはもう慣れてしまった...が、やがてその雨があられになり、そしてとうとう雪になった。しかも吹雪状態だ。この日は7月20日。夏の北半球にいるというのに、こんな雪に合うとは思いもしなかった。Jamesもたまらず、「ちょっと待って。Rain Pants穿きたい」と半パンの上に防水の長パンを穿いた。Lake Opabin(オペビン湖)手前で雪渓を渡り、氷河の迫ったオペビン湖を望む(その間、ずっと雪が降っていた)。ここが当日の予定折り返し点、寒いし視界も利かないので、早々に下山することに。ふと、Jamesが立ち止まり、トレイル上にあった泥の塊のようなものを突っつき出した。「これ、何かわかる? そう、熊の糞。けっこう新しい」。吹雪の中で熊に会うなんて真っ平だ。幸い熊には会わなかったし、下り後半には雪も雨も止んだ。出発点に戻ったとき、「やったね!」、Jamesがハイタッチをしてきた。Lake O’Haraの美しさ、360度の山々の姿、そして吹雪のLake Opebin...ずっと忘れないと思う。

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カナディアン・ロッキ-を歩く (その2) サンシャイン・メドウは花盛り [旅行]

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時差のため眠ったかどうかようくわからないまま、目覚ましの音を聞いた。さあ、始まる。

朝9時、ヤムナスカの難波さんと会うことになっている。2日間お世話になる。9時10分前、ロビ-に降りていくと探すことなく難波さんろ会った。難波さんはヤムナスカの代表をしているが、とてもソフトな人当たりで、山のガイドといえば、「またぎ」のような人を想像していた私は嬉しく驚く。考えてみれば、「またぎ」がガイドのような仕事をするわけない。私の頭の中で、「またぎ」も「ガイド」も「シェルパ」もごちゃごちゃになっていた。ロッキ-に着いて間もないので、身体慣らしや時差調整のため、軽めのハイキングをしようということで、バンフの街から歩いてもいけるトンネル山に行くことになった。市民が気軽に散歩がてら登る山だという。確かにきっちりとしたハイキング装備をして登る私たちの横を、犬を連れてジョギングで登っていく人がいた。仕事前の一汗ということらしい。「ガイド」と共に山を歩くのは初めての経験だ。難波さんは、かなりゆっくりした、しかし安定したペ-スで登っていく。ストックをついて一歩一歩。もちろん、それが私たちのためであることはすぐわかった。標高差200mほどの山なので簡単に登れるが、それでもゆっくりゆっくり登る。これが、ハイキングの基本テクニックなのだ。はやる気持ちを抑え、ペ-スを守ると、ほとんど疲れずに山を登ることができる。これはそのあと一緒に行った別の2人のガイドにも共通した登り方だった。そして、喉が渇く前に水を飲み、疲れたと思う前に休む。ガイドは正規の資格(カナダの資格)を持っていないとできない。そして、その資格を取るために、彼らは学校へ行き訓練を受けている。日本では、ガイドの資格があるにはあるが、資格なしでもガイドの仕事ができるそうである。

1時間ほどでトンネル山山頂に立つ。これが最初で最後のカナディアン・ロッキ-での「登頂」となった。山頂からは、バンフの街を眼下に、そしてバンフを囲む山を眺望することができた。高くはないが、素晴らしい景色を見せてくれる。カナディアン・ロッキ-開発の歴史が、当時ヨ-ロッパで流行ったビーバ-の毛皮で作った帽子のための、ビーバ-捕獲で始まったと難波さんは説明する。バンフ国立公園が、国立公園として世界で3番目に古い歴史を持つというのも驚きだ。カナダは建国150年足らずのとても若い国でしかない。その他、東部のケベック州の独立案に対し住民投票が行われ、非常な僅差で独立が認められなかったことなど、興味深い話が続く。これらは、カナダやロッキ-のことをほとんど知らなかった私には、「トンネル山の教え」として強く印象に残った。下山して、Lake Two Jack、そしてLake Minnewankaを案内してもらう。どちらも美しい湖だ。家族が集い、犬が走る姿はなつかしいスイスのレマン湖を思い出させる。Minnewanka Lahe沿いの散歩道を2kmほど歩く。ゆったりとした楽しい時間。そして、私は気がついた。「山に行きたい」と思っていたが、ほんとうに行きたかったのは、高い山ではなく、こうしたゆったりとした森や湖の散歩道だったのだろう。


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翌日、SunShine Meadow(Meadowは草原)に行く。冬はスキ-場として賑うところらしい。バスで標高2,160mのロープウェイ終着駅まで登る(夏季はロ-プウェイは動いていない)。バスは1時間に1本の予約制である。3時間ほどかけて歩いて登る人もいるが、Meadowをゆっくり回るならバスで行くしかない。こうやって国立公園内に入る人を制限している。実際Meadowでは数えるくらいの人にしか会わなかった。自然保護は人の手でやるのではなく、自然に触らないようにするというコンセプトがそこにある。ベストの方法は、人を入れないことなのだ。Meadowには一部まだ雪が残り、一方、ウエスタン・アネモネやバタ-・カップといった初夏の花が咲き乱れていた。晴れているうちにと、まずは200mほど登って展望台へいく。言葉にならない景色が待っていた。ロッキ-のマッタ-ホルンと呼ばれる、バンフ国立公園最高峰アシニボインも遠望することができた。展望台の下に地リス(地面の穴にすむリス)が集団でやってきた。人が来ると餌をもらえると思っているらしい。「国立公園内で動物に餌を与えると、2,000ドルの罰金なんです」、難波さんが言う。「可愛いから」とここで餌を与えることが自然を壊すことになるのだ(偉そうなことは言えない。実は、難波さんに言われる前にすでにビスケットのかけらを2つ3つ投げていた。カナダの国立公園法の罰則の時効が気になる)。展望台でゆっくり時間を過ごした後、Meadowの小さな湖を巡る。「あ、まだあった!」、難波さんが声を上げたのは、グレ-シア・リリ-(氷河の百合)を見つけたときだ。グレ-シア・リリ-はロッキーの花の女王とも言われる花で、春の花、私たちが行った7月後半にはあまり見られない。難波さんによると、今年は雪解けが遅く、従って花の時期もちょっと遅れているとのことだった。グリズリ-湖という名のあまり近づきたくないような湖を周り、軽快なハイキングを楽しむ。難波さんはたくさんの花の名前や性格を熟知していた。これもガイドの大切な素養だ。

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今回の旅行で、実際、熊に出くわすことはなかったが、熊は人に危害をかけうる猛獣であり、対策をしっかり持っておくことがロッキ-のハイキングを楽しむ条件になる。熊は基本的に人を避けるので、危害を与えるとすれば、思いがけず出会ってしまった場合。そして、熊が驚いてパニクった場合や、人が熊に対して攻撃的であると思われた場合などである。対策としては、出会わないようにするいこと。そのためにはグループで歩いたり、音を出して「人間がいるぞ」と熊に気づいてもらうことである。そうすれば、熊のほうで姿を消していく。統計的に6人以上のグル-プは熊に襲われたことはないそうである。運悪く出会っしまった場合は、刺激を与えないこと。静かにして、ゆっくりと行動すること。こちらから、攻撃をすることはないと安心させること。ロッキ-の山岳スポ-ツ店などではBear Spray(熊よけスプレ-)を売っている。いざ、熊に出会ってしまい、熊が威嚇してきたり、攻撃の態度を示すなど、どうしようもなくなったときに使う。中身は唐辛子の粉などをまぜた強烈に目に痛い成分でできているとか。間違って家の中で噴射してしまうと、3日ほど泣きながら暮らさなくてはならないらしい。ガイドの人はもちろん携帯しているし、一般ハイカ-でも持ち歩いている人は少なくない。飛行機への持込はス-ツケ-スの中であってもできない。

カナディアン・ロッキ-で、人が容易にアクセスできるところのほとんどが国立公園になっている(国立公園になっていないところ、すなわちロッキ-の大部分は、物理的に人が近づけない)。そしてその国立公園に滞在するには利用料を払わなければならない。利用料は国立公園の維持管理に使われる。利用料は1日単位だが、6日を超えるといきなり年間パスになる。2人分で130CADドル(約11,000円)ほどだった。国立公園の管理状況を見るとこの料金が決して高いとは思えない。印象として、とてもよく管理されている(人間に好き勝手はさせない)。難波さんによれば、この料金を払っていれば国立公園内で遭難したとき、ヘリコプタ-を含め捜索・救助がすべて無料だということだ。日本の国立公園の管理状況はまったく知らないが、たぶん、カナダのそれに比べお粗末な状態ではないかと思う。財政的に苦しいだろうからそんなに予算もないだろう。このカナダのケ-スは1つのモデルになりうると思う。利用者から広くお金を集めることで、公園の管理を向上させることができる。

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カナディアン・ロッキ-を歩く (その1) バンフへの遠い道のり [旅行]



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スイスを出て1年ほど経った頃から、また「山へ行きたい」、「山に会いたい」、「山を歩きたい」という想いがむくむくと湧き出し、押さえ切れないようになってきた。どこから受けた啓示なのか、行き先は「ロッキ-」、それも「カナディアン・ロッキ-」ということが心の中で鮮明になっていた。ある本によると、カナディアン・ロッキ-にはスイスが50あると言う。もちろんそれは比喩で、それだけの美しい山々があり、自然が残されているということだろう。去年行くことを考えたが、バンク-バ-のオリンピックがあり、カナダ熱が高まっていると困る(物価が高いとか、観光客が多いとか)ので、日本の信州で「山」の感触を掴むに留めた。そして、いよいよ2011年、想いを果たす時がきた。

私が「山を歩く」というのは、文字通り「歩く」のであって、「登る」のでなければ「走る」のでもない。私は、ひ弱な「ハイカ-」であって、鍛えられた「クライマ-」ではないのだ。1日あたりに登る標高差は500m以内と決めている。六甲山の半分くらいである。スイスにいる頃、張り切って700mほどを一気に登って痛い目にあった事がある。富士山登頂にも失敗した哀しい経験もある。頂上を目指し、岩を登るような登山は絶対にできない。易しいトレイルを歩いて、山や森やせせらぎの空気を感じ、鳥の声を聞き、花や景色を見ていい気持ちになりたいだけなのである。それなら、わざわざ太平洋を渡ってカナダまで行かなくてもよさそうなものだが、そういう山がどこにでもあるわけではない...いや多分、どこにでもあるのだろうが、その楽しみをわかりやすい形で感じられる所として、カナディアン・ロッキ-が想い浮かんだということだろう。

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今回の私たちの旅は、ヤムナスカ(Yamnuska)の方々の助けなしには、これほどの充実感を持って終えることはできなかったと思う。ヤムナスカは、カナダのロッキ-とユ-コンでの山岳ガイドを専門とする会社である。ネットで見つけたヤムナスカとのメールのやり取りでロッキ-の手応えを感じ、実際ガイドをしてもらって、ロッキ-での時間を3倍意義あるものにしてもらったように感じる。興味のある方は是非ヤムナスカのサイト(http://www.yamcanada.com/)を見ていただきたい。そしてもし、どこからか風が吹いて、カナディアン・ロッキ-に行こうと思われたら、中身のあるハイキングをしたいと思われたら、ヤムナスカはきっと力強い協力者になってくれると思う(ヤムナスカから何かをもらっているわけでない)。けっして安くはないけれど、彼らは、プロのガイドをしてくれる。プロは、無理を強いて険しい頂上へ連れて行ってくれるのではなく、山での滞在を安全で納得できるものにしてくれるエキスパ-トなのだ。

そんなヤムナスカとのやり取りで、準備するものとして、フリ-ス(または薄手のダウン)、ニットの帽子、手袋(いずれも防寒用)、そして、ゴアテックスなどの雨具(上下)、ヘッド・ランプなどが必要とされた。私たちは、夏山のお手軽な日帰りハイキングに行くつもりなのであって、マッキンレ-の登山に行くわけではない。それなのに、こんな装備がいるのだろうかと疑問に思った。スイスで標高2,000mのトレイルを歩くときは、いつも短パンにT-シャツだった(予備に長袖を1枚持って行ったがほとんど着たことはない)。間違っても、夏にフリ-スを着ることなどなかった。地図を見ると確かに緯度は高い。カナディアンロッキ-の南の玄関口、バンフは、カムチャッカ半島の南端、樺太の真ん中あたりで、稚内と同じくらいのスイスより高いが、それでも、ヨーロッパではロンドンの緯度あたりである。しかし、結局、私も従順な日本人である。5月と7月に冠婚葬祭で日本に帰ることがあったので、準備の買い物をした。これを機にトレッキングシュ-ズを新調したりしたので、けっこうな投資のになった。

インタ-ネットで航空券を取り、ホテルを押さえた。便利な世の中である。山の中で動けなくなっては困るので、週末にはできるだけソウル近郊の山を歩くようにした。雨具を着て雨に日の公園を歩いたりもした。これら約3ヶ月の準備期間、7月16日の出発に向かって気分は盛り上がる。


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約10時間のフライトを経てAC64便(Air Canada)は、バンク-バ-に到着した。午後4時に離陸したのに、時差のマジックで、着陸は同日の午前11時前。なんだか得したような気もするが、帰りにはその分を返さなければならない。入国審査を経て、荷物を受け取る。受け取って50mほど行った所に国内便用の荷物受付口がある。チケットはバンク-バ-経由でカルガリ-まで持っているし、荷物のタグもそうなっている。なのになぜか、一旦荷物を受け取って50mほど運ばなければならない。不思議だ。ちなみに帰りは、バンク-バ-で荷物は自動的に国内便から国際便に転送されていた。午後一時のバンク-バ-発カルガリ-行きの便を待つ。カルガリ-は冬季オリンピックもあった、カナディアン・ロッキ-の玄関口である。搭乗が始まるかと思ったとき、アナウンスがあり、「機体はあるんだけど、運行ができないの。だから午後一時の便はキャンセルしちゃう。でも安心してね、みんな午後4時の便に乗れるから...」というようなことを言った。「安心してね」と言われて安心する人はいない。約1時間後、出発ゲートのカウンタ-で4時の便のチケットをもらって、ようやく少し安心する。問題は、カルガリ-からバンフまでどうやって行くかだった。その日の宿はバンフに取ってあるし、その翌日朝9時にヤムナスカの人とホテルのロビ-で会うことになっている。カルバリ-の空港からバンフまではバスで約2時間かかる。関空のように15分おきにバスが出ているわけではなく、1時間半に一本程度という超ローカル路線並の運行頻度である。しかも最終便が午後6時半ごろと、やたら早い。予約していたバスに乗れないのは明らかだったので、バス会社に電話したが、うまく繋がらない。そこで、バスの予約とは関係ないのだが、ヤムナスカのフリ-ダイヤルに電話すると繋がった。事情を説明すると、バス会社に連絡してくれて、最終便に名前を入れてくれた。残念ながら午後4時の便は出発が遅れ、カルガリ-でもなかなか荷物が出ずに、結局、バス会社のカウンタ-の前に立ったのは。その日の最終便が出てからすでに40分ほど後だった。空港タクシ-をチャ-タ-するしかなく、25,000円ほどかかった。思わぬ出費だ。そして、バンフのホテルに着いたのは午後10時前である。ソウルのアパ-トを出たのが午後1時前だから、ドア2ドアで、ちょうど24時間ほどかかった計算になる。午後10時と言っても緯度が高いので、外はまだ明るい。15時間の時差もあって、身体的に何時であるかうまく把握できない。眠いような眠くないような...ぶらっとメインの通りに出てみると、解放的で明るい街並みにたくさんの人が出ていた。バンフの街には高いビルが1つもない、せいぜい3階建てである。遠くにカスケ-ド山とランドル山を望み、翌日からのハイキング漬けの日に胸が躍る。

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